東京ノーヴイ・レパートリーシアター日誌

東京ノーヴイ・レパートリーシアターは下北沢を拠点として活動する、プロの演劇集団です。 「心の栄養」をテーマにチェーホフ、ゴーリキー、近松門左衛門、宮沢賢治、シェイクスピアの傑作を毎週上演しています。

瞽女唄日記 ~瞽女唄デビュー編~

山形県東置賜郡川西町
ここは私の両親が生まれた土地でもあり、昔、越後の瞽女さまが度々訪れた土地でもある。
ここに、以前瞽女宿だった古民家で瞽女唄を楽しもうという企画がある。
今年で7年目、出演者は私の師匠の萱森さんである。

ずっと行ってみたいと思っていたところ、今年は色々な偶然が重なり、そのチャンスがやってきた。
新潟でのお稽古の翌日が公演日だったこと。同じ時に父が山形に帰省していたこと。
「新潟から山形に行くからお父さん家泊めて。」
こうして2013年6月28日、父を伴い、「里の暮らしを楽しむ・越後瞽女唄と蛍の夕べ」というイベントに参加することになった。


午後2時、従兄弟に集合場所の「羽前小松駅」まで車で送ってもらうと、もうすでに人が集まっている。父と私を含めて10人くらいであろうか。
年配の方がほとんどで、知り合い同士の人が何人かいるらしく、にこやかに挨拶を交わしている。
後で知ったのだが、「東京川西会」という、川西町の出身で現在東京方面に暮らしている人たちの集まりらしい。参加者が揃うとジャンボタクシーに乗り込み、会場となる古民家「土礼味庵」に向かう。
さっそく家の中に入り、主催者の挨拶、古民家の説明などを聞く。築400年くらいらしい。よく手入れがなされていて、ぴかぴかしている。
そして参加者の自己紹介。ここで「東京川西会」の存在を知る。
「父が川西町出身で、個人的に萱森さんのファンなので、参加しました。」と、萱森さんが師匠であることは伏せて自己紹介を済ませると、次の父が
「娘が萱森さんに瞽女唄を教わっていて・・・」とあっさりばらしてしまう。意気の合わない親子である。
こうして開会の儀なるものが終わると、フリータイムとなり、古民家近辺を散策する。といっても周りは田んぼしかないのだが、そんな一面の田んぼになぜか幸せを感じてしまう。この、「玉庭地区」と呼ばれる地域は、同じ川西町でも、両親の実家のある「大塚地区」よりも山間にあり、うっそうとしている。もっと言えば、より田舎っぽい。しかしどちらもいかにも農村で、人と自然のエネルギーに満ちている。


午後3時半、郷土料理教室が始まる。
三種の大豆を石臼で挽いてきな粉を作ったり、笹の葉に餅米を包んで笹巻き(一般的にはちまきと呼ばれるの?)を作ったりといった手作業に加え、地元の方が用意してくれた、わらびやふき、うこぎなどの山菜料理を盛りつけたりしていると、
「萱森さんが到着されました。」との声。
入り口の方を覗いてみると、萱森さんと目が合い、あわてて会釈する。
山形に行くことは前日の稽古の時に伝えていたのだが、なんだか「見つかってしまった」ような気がして恥ずかしくなる。


午後5時半、みんなで作った料理を食べる。
農村の食べ物はとにかく美味しい。前日、父の実家で食べた丸なすの漬け物や玉こんにゃく、自家製の野菜たちといい、この日の山菜料理、わらび汁、笹巻き、しそ巻き。これらを食べて元気にならないわけにはいかない。東京でスナック菓子をおいしいと思ってしまう自分が悲しすぎる。
こんな事を考えながら、地元の酒蔵で作ったお酒を頂き、食の幸せを噛み締めていると
「萱森さんが一緒にお食事されます。」との声。
別室で控えていたと思われる萱森さんが座に加わり、またも「見つかってしまった」ような気がして、無意味に父に話かけたりしていると、突然萱森さんが私に向かい、
「小関さん、それ以上飲まないで。万歳やるわよ。」
「いやいやいやいやいやいやいやいや・・・・・・・」
万歳とは、瞽女唄の演目のひとつで、太夫役の人がひとつの唄を唄い上げていく途中に、才蔵役の人が全く関係のない言葉をはさんでちゃちゃを入れる、という二人いなければ出来ないもので、私の姿を早々に見つけた萱森さんは、なかなか聞かせられないこの演目をやる絶好のチャンスだと、急に思い立ってしまったらしい。
まさに私は「見つかってしまっていた」わけだ。


午後7時。瞽女唄公演が始まる。
いつものように萱森さん自身によって、唄の解説、過去の公演のエピソードなどを加えながら進行されていく。
やはり東京の公演とは雰囲気が違う。自然に囲まれた静かな土地、歴史を重ねた建物、そんな場所につつまれた人々の反応は、柔らかくて、素直で無邪気で、自分の内部までもが純化されていくようだ。
門付け唄「瞽女松坂」。段もの「八百屋お七」。
この空気の中に、萱森さんの歌声はずっしりしっかり歩みを進める。
「ああ、私はこの中で、本当に唄うのだろうか・・・父もいる。親戚の信子さんもいるなかで・・・」
そして、公演中盤。
「今夜は蛍も見られるということで、蛍の出てくる唄を唄おうと思っていたのですが、気が変わりました。小関さん、隠れてないで出ていらっしゃい。」と萱森さん。
そんなつもりもなかったのだが、私はやはり隠れていたか・・・
それから、私がノーヴイの女優であること、瞽女唄を勉強していることなどを恐らく紹介してくださっていたのだが、あまり覚えていない。
なにしろ、瞽女唄を瞽女唄として、一般のお客さんの前で唄うのは初めてなのだ。

しかしながら、歌っているときのことは意外と覚えている。
三味線の音を合わせて、歌い始めるとすぐに、萱森さんが歌詞を忘れて一回止まったこと。
「緊張しちゃって。」と唄を再開し、次に私が歌詞を忘れたときは、萱森さんが相の手をいれてフォローしてくれたこと。
お客さんがすごく盛り上がってくれていたこと。
途中で「おおっっー」などの声が聞こえ、私は楽しくて笑いそうになってしまったこと。
そして、唄が終わり、拍手喝采・・・だったようなのだが、この辺りからまたも記憶があまりない。

その後、段もの「八百屋お七」のクライマックス、立ち唄「しげさ節」と続き、萱森さんの公演は大盛況のうちに幕を閉じた。
帰っていくお客さんはみんな、笑顔で楽しそうで、本当に喜んでくれていた。
中には「鳥肌が立ちました。」と声を掛けて下さる方もいて、私の方が、お客さんから多くのものをもらったことを実感した。
帰り際、暗闇の田んぼを漂う蛍たちが、瞽女唄デビューのお祝いの光を放ってくれているようだった。


午後9時半。父の実家に帰ると、父は今日の出来事を楽しそうに語り、話題は瞽女様の話になった。
伯父や伯母も瞽女様の記憶を話してくれた。
「瞽女様(こじぇしゃま)ってなんでだが様(しゃま)つけて呼んだったな。」
「白っぽい服着て、2人か3人で、前の人さつかっまてよ。」
「ちょうどこの玄関のところで立って唄ったったな。」
「あげたのは米だったかい、銭(じぇに)だったかい。」
こんな言葉を聞いているうちに、今まで資料や写真のなかだけの光景だったものが、目の前に出現したような気がして、この土地や人々のことが愛おしくてたまらないというような気持ちになった。


今回のこの経験は、わたしにとって大きな心の財産となった。
唄を通じて、人と土地と自然とが一体となったようなあの空気感は、今まで経験したことがない。
お客さんに喜んでもらうことの喜び。
どんなに瞽女唄の魅力を分かってもらおうとしても、証明できず、理解されず、露骨に無関心な態度をとられるようなこともあり、好きになればなるほど孤独だった。ただ自分の好きを信じ通したくてやってきて、この土地は、こんな私を受け入れてくれた。
瞽女様たちも、こんな風に土地や人に惹かされてこそ、旅をすることができたのかな。

この体験を無駄にすることのないように、より一層努力を重ねていきたいと、決意も新たになった。



                              ごぜき

瞽女唄日記

梅が散り、桜も散り、藤も散り、気がつけば梅の木には実がなり始めていて、次は紫陽花の季節がやってくる。
季節は順調に流れて、「越後瞽女唄冬の旅」の公演も残すところあと一回となりました。

思えば、私が三味線に出会ったのが7年半ほど前。
最初はただただ上手になりたくて一生懸命だったのが、だんだん独創的なことをやりたいと考えるようになって、
原点に帰りたいと思い、瞽女の世界に興味をもち、瞽女唄に出会い、この作品を作ることとなり・・・

この作品を通して、この2年間で私は一体何が出来たのだろう。何を伝えられただろう。
そんなことを考えたとき、結局私はほんの身近にいる人間にさえ、何も伝えられていないのではないかと思い、自分の無力さを感じるばかりです。

せめて私が今言えることは、
想像することを義務づけられた盲目の人たちが唄った唄は、人々を独特の創造世界へ誘い、人間の魂に火を点すような力があったのではないかということです。
まあ、ちょっと壮大な幻想を描きすぎかも知れませんが、
ただ、瞽女さんという人たちのことを考えると、人間が本来持っている力の大きさを思い描かずにはいられないのです。

今はいなくなってしまった瞽女さんたちの存在を通して、何を伝えられるか、何が出来るか、考え、もがき続けることが、私が瞽女さんに対して出来る、ただひとつの事なのかも知れません。


そして、そして、この作品に関わってくれたスタッフ、キャストの皆様。ホントに感謝です。
良き人たちに恵まれて、却って自分が情けない・・・

実は、先日の公演に私の両親と伯母が観に来てくれました。この人たちは越後の瞽女さんを記憶している世代、地方出身の人間なので、是非一度は観てもらはなくてはと思っていたのです。
劇団の他のどの作品を観てもあまり良い感想を述べたことのない父が、今回は素直に「面白かった」といってくれました。

ホントに皆様のおかげです。(涙)

残り一回の公演。
悔いの残らないよう、自分に出来ることをやりたいと思います。
まだ、観たことのない方、是非観に来て下さいね。


                                 ごぜぎ

瞽女唄日記

瞽女唄を学ぶため、新潟の萱森さん宅に通い始めて間もなく2年が経とうとしています。
そして、先日も行って参りました。17回目のお稽古です。
17回も行き来すると、高速バスで微動だにせずに眠れる技術が身についたり、雪の予報に見事に裏切られたり、
新潟は意外と暖かかったり、海は荒海向こうは佐渡だったり、色々な楽しみ方をする余裕も出てくるものです。
(なんじゃそりゃ!?)

さて、本題です。
萱森さんはお稽古の中で、瞽女さんのことを色々お話ししてくれます。
あまりにも色々お話ししてくれるので、上手くまとめられないのですが、少し紹介しようとしてみます。

現在、私たちが耳にする民謡の類はほとんど、有名民謡歌手の方が唄い広めたものを一般化したものです。
しかし、今のように記録媒体なるものがなかった時代に庶民達が唄い伝えてきたものを、現代人にわかりやすい形に一般化することが、果たして良いことなのでしょうか?

瞽女唄に関していえば、殊更です。
瞽女さんは目が見えません。しかも「一曲いくら」という形で曲を教わったような世界です。
ですから瞽女さんは曲を聞いた“感じ”を再現するよりないので、同じ唄を唄うにも、旋律に決まりはなく、三味線の入れ方もさまざまです。
逆に言えば、同じ曲を色々に唄えることこそが瞽女さんの技量のすごさだったりします。
要するに、人に伝えるのは形ではなく、その“感じ”ということです。

萱森さんのお稽古は、曲を形にしないことに重きを置かれています。
形に出来ない所こそ、瞽女唄の魅力だからです。(「そんな“感じ”で大丈夫」と言われ、よく不安に陥ります。)
そして、形に出来ないものだからこそ、瞽女さんのお話をたくさんしてくれます。“本当に生きていた瞽女さんたち”の存在なくして伝承は有り得ないからです。

しかしながら、形として残さないと不安を感じる人が多いというのが現実のようで、
現在記録として残っている唄と違った唄い方をすると、クレームをつけてくる人が結構いるそうです。
“変化してこそ瞽女唄”という考えと、“変化したら伝承にならない”という考えの対立というわけです。

そこで私は考えます。
例え、CD-ROMが何百枚、何千枚あったとしても、一人の人間の精神までは収まりきらない。絶対に。
だけど、かつて本当に生きていた瞽女と呼ばれた人達の唄は、目にこそは見えないけれど、確かにこの世の中に浮遊していて、私たちの心のどこかにある。
だから、私は私の唄を唄えばいいんだ!!

長くなりましたが、「越後瞽女唄冬の旅」只今好評上演中!!観に来てね。(宣伝かよっ!)


                                   ごぜぎ

越後ごぜ唄冬の旅…その5

午前中の稽古終了!

今、近所のヤマザキストアの店内にあるテーブル席を借りてお昼ご飯を食べたとこ。

オバチャンがここで取れたんだって言って、タコの刺身をご馳走してくれた。
プリプリで美味しい。

あったかいねぇ。

ご馳走様です。

冬の旅人

越後ごぜ唄冬の旅…その1

2月28日午後11時20分。
新宿発新潟行きの夜行バスに乗った。

ノーヴイのごぜさん2人が新潟の師匠の所へ稽古へ行くというので、見学と称して越後の旅に同行した。

初めての新潟。

新宿を出発して40分、バスは関越に乗った。
新潟到着は6時20分。

しばらくすると小説雪国の世界が広がる。
国境の長いトンネルを抜けると雪国…なのか?

年末に北海道へ帰省して以来の雪国。北海道以外の冬の雪国は初めてではないだろうか。

新潟はどんなとこなのだろう。

日本海と日本酒が俺を待っている!

越後ごぜ唄冬の旅
始まり、始まりぃ~


冬の旅人より








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