☆心で解明するベケット☆『ゴドーを待ちながら』公演情報

東京ノーヴイ・レパートリーシアター10周年目の新作は、
ノーベル文学賞作家 ベケットの代表作『ゴドーを待ちながら』。
笑って泣けて心に響くベケットを、
限定26席のプライベートな劇場空間でお楽しみください!

第24回下北沢演劇祭参加







アニシモフ氏は言います。

「ベケットは、まだまだ解明されていない天才作家だ。

それはシェイクスピアでもチェーホフでも同じなのですが、
そうした天才作家を頭で(知性で)分かろうとしても、
さっぱり理解出来ない。

例えば『ハムレット』なんて頭で読んでも、
私には何の話かまるで分からない。

でも、心で読めれば、すべて分かります。

ベケットは200年後くらいには解明されるかもしれない。
でも、それは心を通じてだけ可能なことです。

さあ、その為の仕事をしましょう。


ゴドーを待ちながら
作:サミュエル・ベケット


【演出】レオニード・アニシモフ


【公演日程】
2014年2月24日(月)~28日(金) 全6公演

24(月)19:00開演
25(火)14:00開演
26(水)14:00開演/19:00開演
27(木)19:00開演
28(金)14:00開演

開場は開演30分前。


【会場】
東京ノーヴイ・レパートリーシアター
(小田急線・京王井の頭線 下北沢駅 南口より徒歩80歩)


【チケット】
一般(前売・当日)¥4000
学生(前売・当日)¥2000 ※当日学生証提示



【ご予約】
「カンフェティ」という会社でチケット販売をしています。


●電話予約
 カンフェティチケットセンター
0120-240-540(受付時間 平日10:00~18:00)
 演目名「ゴドーを待ちながら」・劇団名(会場名)「東京ノーヴイ・レパートリーシアター」をお伝え下さい

※2/21(金)はチケットセンターがお休みとなります。
2/21(金)から2/23(日)につきましては東京ノーヴイ事務所03-5453-4945(10:00〜17:00)にて代理予約を承ります。

≪電話予約の注意事項≫
 ・払込票番号を予約時にお伝えしますのでメモをご用意下さい。
 ・お電話でのご予約の場合、会員登録は不要です。※カンフェティポイントは付きません。
 ・予約有効期間内に、払込票番号をお近くのセブン-イレブンのレジまでお持ち下さい。
 ・セブン-イレブンへの発券手数料は無料設定(チケット代金のみでOK)



●WEB予約
【PC用予約フォーム】
http://www.confetti-web.com/ticket/ticket.aspx?tid=120508

【携帯用予約フォーム】
http://cnfti.com/met8289/

≪WEB予約の注意事項≫
 ・予約後すぐに、お近くのセブン-イレブンでチケットを受け取れます。
 ・代金はチケット受け取りの際にセブン-イレブンでお支払いいただきます。
 ・ご予約前に、観劇ポータルサイト「カンフェティ」への会員登録(無料)が必要となります。
 ・セブン-イレブンへの発券手数料は無料設定(チケット代金のみでOK)

 ・他公演のチケット購入にも使える、共通ポイントがたまります (購入価格の1%)。
 ・ポイントは、次回公演や他公演でご利用頂けます。またnanacoギフトに交換することができます。
 ・チケットを購入しますと、1枚毎に、途上国の子どもたちに「BCGワクチン1人分」が寄付されます。
 ・チケットを購入しますと、託児サービスをご利用いただけます。詳しくはカンフェティ・ウェブをご参照ください。
 ・Confetti(カンフェティ)観劇ポータルサイトhttp://confetti-web.com

 

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■『ゴドー』のコメント集♪

作品についてメンバーにインタビューしました。
いくつか貰ったコメントをご紹介いたします。


・ベケットは、世界でも最難解な作家だと言われている。
しかし、彼の書くものには「経験」や「感情」があるんだ、
という事を、私は証明したかった。
10年のあいだ準備して、今回、それが為せたのを嬉しく思う。(A)

・『ゴドー』なら、人生について、人間について、
何の陶酔や虚飾なく、正直に泣くことができます。
ある年齢に達した人間にとって、唯一の親友となるような作品です。(T)

・「不条理劇」というと、分からないものを分からないまま表現する様な
ナンセンス劇っていうイメージだけど、ノーヴイの『ゴドー』は、
すべてが自然で意味のある表現をしている。
だからこそ見えてくる人間そのものが「不条理」なんだな。(M)

・フランスの古びた小さな劇場にいる錯覚をした。
そこで繰り広げられる人間の悲喜劇。(T)

・どうしても参加すべき作品だと感じていた。
結果、考えてもみなかった作品が産まれたと思う。
「感情」の観点から創られた珍しい『ゴドー」になった。(S)

・面白いことだが、ベケットは「自分はチェーホフの正当な継承者だ」と言ったそうである。
そう考えると、チェーホフを上演してきたノーヴイの『ゴドー』は興味深い。(N)

・作品全体は、老人漫才のテイストを持っています。
「記憶のほつれ」のモチーフから、僕は量子力学的なSF世界さえ連想したのですが、
最終的には、それは「語り得るもの」と「語り得ないもの」との相克として示唆されます。
そこに不条理の焦点が当てられていると思いました。(N)

・作品はまだ産まれたばかり。
これからの稽古や上演次第で、さらに「考え」は深まるし、
何か大きな「感情」に繋がる可能性がある作品だと思う。(S)


ゴドーチラシ

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異世界への冒険に出よう〜公演前特集 vol.4〜

再びの劇団員による座談会でございます。

異世界への冒険に出よう

ということで、今回はすこし抽象的な話が多くなりました。

キーワードは、「非日常」「扉」「豊かさ」「試練とご褒美」「追っかけ」「消費と感動」「ディズニー」「洗脳と可能性」「深淵」「冒険と旅行」など

では、どうぞ。

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コール・トゥ・アドベンチャー



N:じゃ、座談会シリーズですけど、何を話していきましょうか?

H:お芝居をどういう動機で観に行くか、行くようになったか、というのはどうかしら?
私たち自身がね、実際に、どういう選択で演劇を観に行くかって言うのを振り返ったら、面白いかもね。

A:あ、じゃ、私の小っ恥ずかしい話、私はすごい妄想癖が激しいんです・・

N:・・それはあのR指定にはならない?

A:違いますっ。私はいつまでも夢みて色んなこと考えられるくらい妄想癖があって、ふいんって、日常生活から居なくなっちゃうんだけど、昔ね、遊眠社を観に行ったの。

Y:野田秀樹さん?

A:そう。すごい早口でさぁ、ビックリしたんだけど、だんだん日常生活と違う次元(世界)がアッチからもコッチからも飛び出してきて、妄想癖の強い私は、その違う世界が壁も無くて繋がっていく感じに勝手にウキウキしちゃって。それがキッカケで続けて観るようになったな。タイトルは忘れちゃったけど、小指の何とかっていう、赤い糸が繋がって・・

N:ああ、何かあったね。

A:小指の先の先の先のって繋がっていくのが今だに印象に残ってる。それだけで観続けるようになっちゃった。芝居なんてケシカランっていう超真面目な家庭だったけど、お芝居が、私のいわば冒険になったの。

N:異世界に出会っちゃった?

A:その世界に行っても良いんだ、っていうのに気づいたのね。例えば子供の頃に、電信柱と壁の間を通って異次元に行くんだ、っていう妄想をするでしょ、

N:ああ、それは恥ずかしい^^

A:恥ずかしいでしょ。でも、糸のおかげで「行ける!」ってなった。

H:それが何で遊眠社じゃなくてノーヴィなんか来ちゃったの?

Y:なんかって^^

A:それは色んな顛末があって「観る側」から「やる側」になったんだけど、アニシモフ先生とも出会って、これって私の世界観でいられる、日常に落とし込めるんだという安心があったのかな。

N:最初は非日常にあこがれてたのが、巡り巡って今は非日常を日常にしてしまったと。

H:うーん、そこは本当にそうなってるのかな。非日常を私たちは日常化したというけど、決してそうはなっていなくて、基本的には私たちにとっても現実の方が強かったりして、それをどう切り離すかが問題になったりするでしょ。

A:現実に引っ張られないようにするっていう?

H:うん。少なくとも私たちのレベルでは、まだそういう感じね。でも、私たちは「やる側」だから責任があると思うのよ。現実の生活から飛び出して、そこにお客さんを連れて行かなきゃでしょ。非日常にね。だから私たちはその世界について理解してる必要があるし、生活に風穴をあけるようにしていかないと。

N:なんか非日常って、「日常化」が出来ないからこそ非日常なんですよね。でも、それは蜃気楼ではないとうか、つまり日常の同一直線上に蜃気楼のようにあって、行っても行っても日常化が出来ないっていうイメージではなくて、むしろ平行世界なんじゃないかな。常に日常と非日常は隣り合っていて、さっき風穴って言ったけど、じつは非日常への扉はどこにでもあるみたいな。

H:その扉をあけるのは、ちょっと勇気が要るけど、驚きがあったり発見があったり。

N:そう。で僕らは日常の中で、いつも非日常への冒険をしていかないといけないと思うんですね。その繰り返しをやっていかないと停滞するんで人生が。だから、日常と非日常の循環をどうやっていくかっていうのが課題だなと。

H:そこで発展していくわけでしょ。あるキッカケで一回だけ飛び出して終わりじゃなくて、もっと豊かな何かがあるって探しもとめるようになると、、いいよね。

N:豊かになるっていうのは、非日常から帰ったときに、何かしら持ち帰るんですよね。色々あると思うけど、ざっくり言うと視点とか。まあ、世界の見方がちょっと変わる。そこの繰り返しが、豊かになっていくっていう事だと思うんです。で、さらに冒険ということで言うと、神話とかが典型なんだけど、その非日常の世界で「試練」を経ないとご褒美が貰えないという・・

A:あはは確かに。

H:それは具体的には?

N:神話でいうと、例えば魔王みたいな〈悪〉と闘ったり、〈謎〉を解いてみたり、〈勇気〉が試されたり、そういう試練を経ないと、お姫様とか財宝とかいうご褒美は手に入らないっていうパターンありますけど、何だろう具体的に芝居でいうと、それを娯楽として消費しただけでは試練を経ないというか・・やっぱり非日常の世界で〈自分自身と向き合う〉とかしないと何も持ち帰れないということなんだけど。

A:でもさ、私は形として何かが得られなくても、ヒントだけとかでも、行って帰って来ただけで、場所は変わってると思うのね。私の小っ恥ずかしい話みたいにさキッカケでもいいと思う。なんでも代償を考えるのは違うっていうか・・

N:場所が変わってるというのは、視点が変ったという事?もちろん、価値に気づく(視点が変わる)のはご褒美の一つだよ。でも確かにね、芸術をメリットとか機能で考えるのは間違いだと思う。

H:ちょっと話が飛ぶんだけども、アイドルの追っかけがあるでしょ?

Y:うん、飛びましたねー。

H:いや不思議なんだけど、いや分かるんだけども、アレも本人達は日常から出ていると思っているわけでしょ。だから非日常なんだけど、でも、あの楽しみは日常化してると思うのよ。そこで満足して、そこから出られなくなる人って多いと思うの。それって何なんだろうね。それと同じでいいのかな。私たちはそれと同じものを提供したいわけじゃないでしょ。

A:提供している視点が違う?

H:なんかね、芸術至上主義みたいな話じゃなくて、受け取る側の問題としてよ。追っかけもさ、日常がツマラナイから楽しいものを求めてて、あれは喜びなわけでしょ。

Y:うん、私は過去に某グループの追っかけでしたけど、その時は、幸せのアドレナリン的なもの出てましたね^^

N:確実に幸せだろ、それは。僕は追っかけじゃないけど、ネットサーフィンがそれに近いかな。延々にユーチューブとか見ちゃう幸せ。でもやっぱり、それが冒険になっているかどうかが問題なんだと思いますけど。例えば、ディズニーランドって非日常の代表みたいな言われ方をするけど、その非日常の世界から帰ってきた時に、日常世界の豊かさに繋がるかどうかの差はどこで決まるのか・・

Y:私はディズニーも大好きで一年に10回とかもうイベント毎に行ってた時期があったけど、さっきの試練とかあんまり関係なくて、ディズニーの世界に入ると日常から離れられるとか、子供になれるとか、そういう心地よい一日を過ごせるってのが大切だったと思う。

H:それは異次元っていうのか・・そこには触れてないのよ、うまく言えないけど。

N:冒険にこだわりますけど、冒険と旅行の違いだと思う。それぞれに意義があって、良い悪いはないんだけど、つまり、日常から離れられるという消極的な意義をもつ旅行と、非日常に生きるという積極的な意義をもつ冒険。それで、僕のネットサーフィンは完全に旅行になってますけど、ネットの世界にしろ、ディズニーの世界にしろ、アイドルの世界、どんな世界でも、その世界の価値に差はないと思うんです。どんな世界からでも豊かになることは出来るし、そこに差はない。そこは受け手の問題かと。

H:私は簡単にそうは言えないと思うの。だって目的が違うでしょう?どの世界は悪いってことじゃなくて、目的がまったく違ったら、差もあるでしょう、って事だけど。

N:ああ、世界観がそれぞれ違って、その世界に行ったときに更に次の世界観とどう扉がつながっているかは重要だと思う。

H:逆に見せないんじゃないの?扉なんてさ。

N:囲んじゃう?

H:うん、そこに居てくれた方がいいわけでしょ、提供する側も。

N:ああディズニー行ったら、その世界で完結するみたいな?で、例えばクラシック音楽の世界とかだと、まあ凄く範囲が広いけども、むしろ逆に無限に扉がつながっていく・・

H:そうそう、そこから演劇にも行くし、小説にも行くし、という全然違うところに行けて、更にそれは大きな輪の世界観のひとつだし無限でもあるし・・

N:より遠くに、ディープに冒険が続いちゃうと。

H:そこに差があるんだと、私は思うのね。

N:なるほど。面白いですね。

Y:昔は、なんていうかディズニーのゲートをくぐると、本当に違う世界に来たーっていう感じだったけど、今はね、普通の遊園地の感覚なのね。某アイドルも同じで、前はちょっとテレビで見てもワァーってなったのが、いまは、あっオッさんになったなーという。

N:それはイマジネーションが減退したというか錆びたというか?

A:だんだん大人になって卒業するのよ、物足りなくなってさ。

Y:その時はね、某アイドルが未成年なのにタバコを吸って逮捕されても、警察が悪いって思うのね。なんで!あんなカッコいいのに逮捕するのよっ!ってなるわけですよ^^ちゃんと考えればアレなんだけど、気持ちとしては。その辺の価値観がなんかおかしくなっちゃう。

H:そりゃファンだからね。そんくらい好きになっちゃう。でも、それは自由になる事とは真逆なのね。

N:世界観が洗脳として働く場合もあるんですね。その世界が可能性を奪うのか、その世界によって可能性が広がるのかっていう差がある。

H:美術館で天才的な人の絵を見たりすると、手が届かないものが分かってくるというか、個人の人間としての凄さに触れるよね。

N:感動の仕方は色々あると思うけど、ダ・ヴィンチよ、人間の偉大さを示してくれてありがとう。そういうこと?

H:感謝なのか分からないけど、凄いって思うの。スケールの大きさに感動するの。

A:それと近いのか分からないけど、世界の先までフーっていう線みたいなものを感じてゾッとする事はある。言葉では言い表せないその先の世界につながっているのを感じてゾクってする一瞬。

H:そう、自分では見知らない世界。私たちの作品も天才作家を選んでやっているから、その作家の世界がいかに見通せて凄いか感じる場面があるし、ああ人間を深く見てるなーっていうのに感動するじゃない。

N:Aさんの言うようにゾッとするときに感動したりする、深淵を覗いてしまうというか、考えの深淵を。

H:なかなかね、そこに触れるのも大変だし、それが見つからない事もあるけどね。

N:消費するというのは許容範囲の出来事で、そこを超えたときに感動にまでなる。

H:そこで自分の中に新しい視点が生まれたり、すぐには生まれなくても考えざるを得なくなったりして何か変わる。

N:また冒険の話に戻るけど、冒険の目的ってのが大事で、それに見合った宝が得られるんだと思うけど。

H:その話で抜けがちなのは、全人類の為にとか、自分以外の人の為にとか、自然宇宙とか大きい世界の為とかそういうものを知ったときに意識が変わるっていう・・

N:う-ん、それは酷な話で自分の楽しみだけでも・・

H:でも芸術の世界は、必ずそこを含んでいるのよ。そこ無しにはあり得ないんだよ、自分の為というのは薄れていくというか。

N:まあ、もったいないとは言えるかな。自分の楽しみの為にアートを見ても、得られる宝はそれに見合った宝だから。でも本当は、芸術に内包してる宝っていうのは、全人類的な大きなものなんだけど、目的がなければそれは見えない。そもそも、どういう問題意識、問いを持っているかで、受け取れるものはだいぶ違うと思う。

A:そんな目的を持って生きてる人はいないと思う。だから、むしろ逆にっていうか、そういう目的に気づかせてくれるのが芸術なんじゃない?

一同:ああ。

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さて、冒険へのお誘いです。
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・ドストエフスキー作『Idiot~白痴より~』
⇒2/10(月)18:30開演
--------------------------
・ブレヒト作『コーカサスの白墨の輪』
⇒2/11(火・祝)15:00開演
—————————————
ウェブ予約⇒http://novyicai.cart.fc2.com/?ca=all
電話予約:0354534945(東京ノーヴイ・平日10~17時)
電話予約:0356241181(シアターΧ)
━━━━━━━━━━━━━━━━
※上演時間は両作品とも3時間半を予定
※料金1,000円(高校生以下500円)
※現在、2月&3月公演のご予約が出来ます

お宝を持ち帰ってください^^


公演前特集~芸術家たちの感想~

新春座談会


あけましておめでとうございます。
本年も東京ノーヴイ・レパートリーシアターを宜しくお願い致します。

さて2014年初の今月の公演は、
16日(木)18:30~『Idiot~ドストエフスキー白痴より』
17日(金)18:30~『コーカサスの白墨の輪』
です。
予約忘れてたって方はお早めに!
ウェブ予約⇒http://novyicai.cart.fc2.com/?ca=all



さて今回の公演前特集は、ひょんなことから始まった集客話から・・・。
もともとは「どうやったら東京ノーヴイ・レパートリーシアターの公演をもっと沢山の人に観てもらえるか?知ってもらえるか?」から始まりました。
話していたのは、女優3名と男性俳優1名で、1人の女優の友人話から始まりました・・・。


Y: そういえば、以前小道具をくれた絵を描いてる友人は、まったく演劇なんて興味がない人で、暇があったら外に絵を描きに行っちゃう人で、その友人に「絵を描きに行く時間を1日だけ演劇を観に行く日にあててほしい。」と何度もお願いして、観に来てくれました。
友人も観るまで「演劇なんて・・・。絵の方が面白いのに・・・。」なんて思っていたそうです。
ところが、観たら(友人が観たのは『コーカサスの白墨の輪』)衝撃を受けたそうです。
演劇も絵と同じなんだと思ったそうです。
友人に感想を聞くと、「真っ白なキャンバスにいろんな色の筆を一遍にバ~ッと描いた感じ!カラフルだった!!色鮮やかだった!!」と言っていました。
その後、『白痴』も観に来てくれたのですが、白痴の感想は「たんまりと色を含ませた一本の筆を水にポタッと色を落として波紋が広がるみたいな感じだった。」と言っていました。

H: 田口ランディさんが『白痴』の一番最後のカーテンコールが一番好きなんだって。
あの明かりが夢の中から出てくる様な感じで本当に好きなんだって言ってたよ。
何度観てもアレが良いって。
アニシモフ先生の照明って日本のやり方とぜんぜん違うの。凄く絵画的なの。
なんか全部明るく照らせばいいだろうっていう問題じゃなくて、もちろん影も凄く多いから観難いと言ってる人もいるけど、でも絵画的なんだよ。そこにもう既に芸術的要素が含まれているから照明の中に。
その柔らかさとか心理状態とか色んなものを浮かび上がらせるっている感じがする。
だから本当そういう意味で本当キレイって思ってね。

E: それに、うちの芝居は終ってその日だけじゃなくて日にちを終えたり何週間何ヶ月かした後にもう一回「あのシーンなんだったっけ?」ってこうフッとフラッシュバックじゃないけどフッと来るとか、あとなんか心の中のどこかにちょっと引っかかってるようなところを思い出すみたいな、それがいっぱい残ったほうがいいっていうか、それがそれで「よし!(ガッツポーズ)」って感じ。
なんか絵もそうだし照明も、なんか残像に残ってずっと池の上で揺らいでいる感じなの。
最後のオーラスのところを観ると確かに今この空間は日常全部含めて「なんだろうなぁ~」ってなんか自分にフィードバックされるんだよね、感想として。
だから、このどの人が誰がって言うものじゃなく、来たときに今まで観てたものがフワ~ッて押し寄せて、「あっ、本当に夢がガーッて来た!」みたいな。
夢だったのかもしれないっていう、あそこはね最後本当に・・・うん。

Y: なんか、やっぱり観る印象って大切だなって思うんですけど、観る場所も重要だなって私は思うんですよね。
映像ではまったくわからないんだけど、実際に客席に座って観て、なんか凄く暖かかったというか・・・。
でもこの気持ちを(第三者に)どう伝えればいいんだって思って・・・。

N: でもなんか不思議だよね。映像で観るのとライブでって言うか劇場で観劇するのと・・・

Y: ぜんぜん違うんだよ。

N: そう、なんか同じようでいて情報量がぜんぜん変わるっていう。

Y: うん、変わる。

N: う~ん、何だろうね。(一同悩む)

H: あと、『コーカサス~』は席も色々あるしね。
もの凄く真近でも観れるし、まったく1m先ぐらいに人が居たりするし、全体を観ることも出来るし、なんかその場によってぜんぜん印象が違うと思うよね。そういう楽しみもあるよね。
でも話戻すけど、美術家っていうか絵を描いてるYの友人は、やっぱり感性が豊かだよね。
なかなかそういう風な表現出来ないよね。
私たちが他の芝居観に行って、なんかその絵具のような話は出来ないよね。
(一同納得)

E: それはやっぱり自分が絵を描くからね。

H: そういう観方がもう体に入ってて、その人の感性で観てくれるっていうのは素晴らしいことだと思うけどね。
だからもしダンサーが観たら、またぜんぜん違うだろうしね。
なんかその人の五感の強いところで観ると観方も当然変わってくるじゃない。

E: 演劇だからこう観なきゃいけないっていうのはまるっきりない作品たちだって私は思ってるので。

N: でも画家の人だけじゃなくて、そのなんか印象とか解釈を言葉じゃなくて色でするって割と面白いって言うか・・・。
例えば、なんか言葉って結構限定性があるけど、より抽象的な高次元な理解の仕方っていうのを実は色として、言葉で表現出来ないところを色として認識するっていう。
言葉で処理出来ない情報を色としてアウトプットするみたいな。
だからより高度な感受性が発揮されているってところはあると思う。
音楽家が音を色で感じちゃうっていう人いますよね。
そんなエピソードもあって面白いなって思って。

Y: なんか私が昔ピアノ習ってた先生が渡辺歌子さん繋がりで『コーカサス~』観に来たんですね。
その時の感想が「楽譜に出来ないメロディー」って言ってました。
なんか音楽家は音楽家なりの感想なんだな~って思ったけど。
そう。「楽譜に出来ないメロディーみたいで面白かった」って。
「もう1回観に来て楽譜にして下さい」って言ったら「無理~!」って言ってましたけど(笑)

H: メロディーを求めてたのかもね。
だけどそれは楽譜に書けないようなメロディーだったって事ですよ。
なんか色々なところにいろんな言葉が転がっているじゃない。
なんか私たちが無理に頭で出す必要まったくないじゃない。
豊かじゃないすごく。それ聞いてるだけでもさ。
なんかそういう芝居なんだよね。私たちがやってる芝居って。




Eさんも言ってました。
「演劇だからこう観なきゃいけないっていうのはまるっきりない作品たち」
『Idiot~ドストエフスキー白痴より』も『コーカサスの白墨の輪』もこう観なきゃいけないという制約がある訳ではまったくありません。
1回観ただけで満足せず、2回以上観に来てみてください。
うちの芝居は生きています。毎回進化をしています。
そして観た感想を周りの人達にも聞かせてあげて下さい。
面白かったところ、つまらなかったところ、素晴らしかったところ、分かち合ってみて下さい。

より多くの方に、色んな感じ方をして頂きたい。そんな思いで上演しています。
皆様の参加、お待ちしております。

・・・・・・・・・

迎春毎レパ

〜「いまの日本人に必要な舞台だと思います」〜

12月『白痴』公演のアフターミーティングでは、
たくさんの方にお話を伺うことができました。
ありがとうございます。

話題は『コーカサス』『白痴』両作品に及び、
皆さんが、いまの日本の現実に照らして、
とても敏感に作品を感じてくださっているのを
知ることが出来ました。

私たちは、古典的作品を上演する劇団ですので、
直接的には今日的問題を演じませんが、
俳優の内部には、現在との関係を様々にたっぷりと抱えていることが
古典作品において実は何より大切だと考えています。


2014年1月のいまを呼吸する舞台
━━━━━━━━━━━━━━━━
ウェブ予約⇒http://novyicai.cart.fc2.com/?ca=all
電話予約:0354534945(東京ノーヴイ・平日10~17時)
電話予約:0356241181(シアターΧ)
--------------------------
・ドストエフスキー作『Idiot~白痴より~』
⇒1/16(木)18:30開演
--------------------------
・ブレヒト作『コーカサスの白墨の輪』
⇒1/17(金)18:30開演
━━━━━━━━━━━━━━━━
※上演時間は両作品とも3時間半を予定
※料金1,000円(高校生以下500円)
※現在、1月&2月公演のご予約が出来ます


シアターΧ主催・東京ノーヴイ+シアターΧ共同企画
【Life in Art 毎月レパートリー公演】
詳細 http://www.tokyo-novyi.com/japanese/pg372.html

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東京ノーヴイ

Author:東京ノーヴイ
東京ノーヴイ・レパートリーシアター

東京ノーヴイ・レパートリーシアターのメンバーたちが、任意に稽古の模様や本番の様子などを、お伝えしてまいります!


私たちは、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフを芸術監督に迎え、ギリシャ悲劇からチェーホフにいたる、古典作品から厳選したレパートリーを上演しています

平成27年3月27日、東京都より「認定NPO法人」として認定されました。


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