第11回IDTF プレ・シンポジウムでのアニシモフ発言を抜粋します

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第11回シアターΧ国際舞台芸術祭 IDTF2014
プレ・シンポジウム『つくり噺』
〔開催日〕2013年12月22日(日)
〔会場〕劇場シアターΧ
〔お噺する人〕土取利行氏、四方田犬彦氏、レオニード・アニシモフ氏
〔司会〕西田敬一氏
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以下は、当日のアニシモフ発言の抜粋です。

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アニシモフ: 私は、〈知識〉インテリジェンスには2種類あると考えています。

ひとつは〈形式知〉です。これは言葉で表現できる知識のことです。

それに対して〈暗黙知〉があります。〈暗黙知〉は言葉では表現できないし、説明もできない知識のことです。

特に私が興味を持っているのは〈暗黙知〉です。
なぜならば、私は芸術に携わる者として〈暗黙知〉に非常に関心があるのです。

例えば、土取さんの音楽は言葉で表現できません。
しかし、土取さんの演奏する音が〈知識〉を伝えてくれます。


私は、神話はテキストだけで伝承できるものではないと思っています。
神話は〈暗黙知〉に含まれるものだからです。もし、神話をテキストだけで理解しようとするならば非常に混乱しますし、実際に理解するのは不可能ではないかと思います。

なぜならば、神話はほとんどの場合、儀式を通じて伝承されてきたからです。


ではなぜ神話が非常に重要なのでしょうか?

神話はある一定の世界の捉え方、人間の感覚や感情と関わっています。

例えば人間と自然、人間と宇宙とのつながりがあります。
そのつながりは人間一人ひとりのつながりだったり、民族的なつながりだったりします。

私はそのつながりがなくなると多くの問題が起こると考えています。

私たちは自然の一部分にしか過ぎません。
私たちが自然や宇宙から離れてしまったならばどうなるでしょうか?

現代では人類固有の多くの問題が起こっていると私たちは感じています。
それは私たちが自然や宇宙からどんどん離れているからではないでしょうか?


自然や宇宙とのつながりを取り戻すために、私は神話がとても有効だと考えています。

神話は歴史ではありません。
神話とは常に存在しているものか、もしくは存在していないものだと私は思います。

古代では神話が人間の意識を成長させていたと思います。

それが哲学と神話との違いです。
哲学は自分で自分の意識を成長させるものですが、神話は〈暗黙知〉を人々に伝承していくものです。

神話は自然の環境と同じように人間の意識を成長させてくれるものです。


神話学者の中には、神話は一回性のものと二義的に繰り返されるものがあるという人がいます。
繰り返えされる神話は宗教になります。

もしかしたら、神話を宗教と捉えている方が多くいるのではないでしょうか?

しかし個人的な意見ですが、繰り返される前の一義的で原始的な神話が非常に重要だと思います。
宗教は、ある意味で社会的なことを研究していく場のようになりますから。

一義的で原始的な最初の神話はまだ非常に純粋な形で残っていると思います。
私は原始的な神話を研究することが現在では非常に重要だと考えています。


ピーター・ブルックが『マハーバーラタ』を演出しましたが、あのような大作をつくることは人類にとって非常に重要な仕事だと思います。

インドの知識人の中には、ピーター・ブルックの『マハーバーラタ』に対する批判があったと聞いています。
しかし、一義的で原始的な神話を人類に対して解明し提示したピーター・ブルックは、人間として、芸術家として大変な偉業を成し遂げました。


私たちが『古事記』を演劇にすることは非常な危険を伴うということは解っています。

しかし、現代人にとって、演劇を通じて〈暗黙知〉を取り戻すことは重要な課題です。
ただし、私は外国人ですから『古事記』を理解するのに大変難しいところはあります。

例えば西洋文化、特にキリスト教文化においては言葉を重要視します。
キリスト教の聖書「ヨハネによる福音書」の冒頭には「初めに言葉ありき」と書かれています。
その言葉は神を表しています。

私は日本の神話で一番重要なことは〝視線〟ではないかと思っています。
つまり、視線を送ることで何かが生まれたり、解決したりします。

『古事記』の中でイザナギはイザナミを追い黄泉の国へ行きますが、
イザナミが「私の姿を見ないで」といったにもかかわらずイザナギはイザナミを見てしまいます。

視線を向けてしまったことで大きな事件が起こります。
他にも、山頂から世界を見渡すことで問題が解決されたりします。

このようなことは日本の神話におけるユニークな要素だと思います。


ただし、私たち東京ノーヴイが演劇としてつくり上げようとしているのは『古事記』の前半部分の宇宙開闢の部分です。
その部分は宇宙の〈暗黙知〉を人間に伝えていると思っています。

儀式を通して、音楽を通して、歌を通して、踊りを通して宇宙の〈暗黙知〉を伝えたいと思います。
それは現代人が知らなければいけない重要なことだと思っています。


神話を伝承することは非常に難しいことです。
『古事記』は稗田阿礼(ひえだのあれ)が語る話を太安万侶(おおのやすまろ)が記録し、編纂しました。

安万侶は音として伝えるのか、意味として伝えるのか、非常に苦労しながら書き記しましたが、
『古事記』の序文で「正確に記すことができたかどうかは判らない」とも書いています。


しかし、もしも稗田阿礼のような人物が現代に現れて何かを語ってくれるのならば、それは非常に重要なことであるはずです。
儀式をライブで観ることができるし、それが何日にもわたり続くわけです。

それは言葉で何かを伝える必要のないライブの儀式となるはずです。
その儀式は自然や宇宙とストレートにつながり何かを伝えられるのではないかと思います。


そこで今、私が一番悩んでいるのは稗田阿礼と一番近い表現方法で作品をつくるためにはどうしたらいいのかということです。
何かの芸術表現が稗田阿礼の表現の代わりになるのではないのかと思っています。

稗田阿礼の語りを表現するためには、演劇芸術の表現にこそ最も可能性があると期待しているのです。
ピーター・ブルックはその経験があります。

私が『古事記』を演劇として表現したいと考えたのは、東京ノーヴイの作品をつくるということだけではなくて、言葉では伝えられない〈暗黙知〉を伝える手段としての演劇をつくりたいと考えたのです。

神話を通じて私たちが受け取るある種のエネルギーを演劇芸術で伝えたいということです。

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アニシモフ: 2010年の第9回シアターΧ国際舞台芸術祭のメイン・テーマは「チェーホフの鍵」でした。

その時のシンポジウムでも話したのですが、今はロシア人よりも日本人の方がチェーホフが好きなのではないのかと思いました。チェーホフは日本人だったのではないかと思えるほど。

そのことに対して私たちロシア人はまったく反発はしないし、逆に喜んでいます。
それはロシア文化が日本人に受け入れられている証拠ですから。


『古事記』が世界の他の国の神話と比べて個人的に好きなところは、
非常に優しさに溢れているというところです。

他の国の神話を調べると非常に乱暴で残酷なことが書かれていたりします。

しかし『古事記』のイザナギとイザナミの話などは非常に愛に溢れているように思われます。

スサノオは悪さをしますけれど、どこか可愛げのある神です。
だからスサノオは日本人にとって親しみを感じる存在になったのだと思います。

出雲を訪ねてスサノオが祀られている社を観た時、日本の人たちは誠心誠意スサノオを祀っていると感じました。
私は自分が感じる日本の神話の優しさや日本の儀式を他の国の人たちに伝えていきたいと思います。


現代は非常に乱暴で幼稚な時代です。
私は日本の能に対して非常に敬意を感じますが、東京でさえ能楽堂はとても少ないです。

それに対して現代劇が催されるホール・劇場はたくさんありますし、
東京だけで2千以上の団体が現代劇の活動を行っているということです。

個人的な意見ですが、東京で現代劇の活動をする団体はほぼアンダーグラウンドの小劇場で乱暴で幼稚な芝居ばかりをつくっているように感じます。

これは日本に限らないことですが、その乱暴さが人間の精神や魂を閉ざしていくように思います。
カオスをつくり出すものばかりなのです。カオスの状態は私たちの意識を壊していくように思います。

やはり、私たちは調和を目指していかなければならないのです。


ロシア人の数学者が『古事記』を研究したところ、『古事記』に出てくる神たちは数学的に構築され調和がとれていることを見つけました。
私は調和のとれている『古事記』という神話にとても感動します。

その感動を演劇で伝えたいと思います。
『古事記』の序文は詩的なロシア語に翻訳されています。

私は安万侶が書いた序文を読むだけで涙が出てくるのです。
美しさ、厳粛さ、敬意が感じられます。


ただ、いろいろな疑問も持ちました。
例えば『古事記』には人類の誕生が書かれていません。私はそのことが疑問です。
その疑問について、どのように解釈したらいいのでしょうか?

また、私にとって非常に疑問を感じるのは、なぜ女性であるイザナミが男性のイザナギに先に声をかけることはよくないのかということです。
なぜイザナミが先に声をかけたことで、ヒルコという不具の子が生まれたのでしょうか?

なぜその子に「ヒルコ」という名前がついたのでしょうか?
それはヨーロッパ人にとって非常に奇妙に感じることです。

私は『古事記』におけるいろいろな疑問や問題をただ頭で考えるだけではなくて、身体で体験することで理解したいと考えています。


私自身が『古事記』を研究し、読み込むプロセス自体はとても時間がかかりました。
私が『古事記』について最初に興味を持ったことは生物学的な要素でした。

しかし、『古事記』を読み込み研究しながら身体で感じていくと、
『古事記』の持つ純粋さを感じるようになり、そうなると『古事記』にどんどんのめり込むようになりました。


『古事記』の話の最初の部分で、シェイクスピア悲劇に匹敵するような悲しいことが起こります。

愛し合っているイザナギとイザナミが自然界にいろいろな神を生んでいきます。
イザナギはイザナミが亡くなったことに耐えられずに黄泉の国までイザナミを追っていくわけです。
それはイザナギがイザナミを愛しているからの行為です。

しかしそこで悲劇が起こります。
その後、イザナギとイザナミは敵同士になってしまうわけですから。

そしてイザナミは「死」というものに変貌して自分の子供たちを殺していきます。
それに対してイザナギは産屋を建てます。

これは愛について、そして死についての驚くべき物語だと思います。

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第11回シアターΧ国際舞台芸術祭IDTF2014
http://www.theaterx.jp/14/140614-140706p.php


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カルチャー from レパートリー

カルチャーfromレパートリー


こんにちは。
東京ノーヴイ・レパートリーシアターです。


■■目次■■

1:カルチャー from レパートリー

2:演劇は人の成長と一緒

3:毎月レパートリー公演、千秋楽!!



■1:カルチャー from レパートリー


私たちは、その名の通り、

「レパートリー公演」をする劇団です。


あまり馴染みのない上演形態かも知れませんが、
音楽で考えると分かりやすいと思います。


音楽の世界では、逆に当たり前すぎて、
誰も意識しなくなっていますが、

チャイコフスキーでもショパンでも、
過去の優れた作曲家たちの創った作品が
「レパートリー作品(古典)」として残り、

その一つ一つの曲にファンがいて、
またそれを繰り返し演奏する(公演する)人がいます。


演劇もまったく同じで、

ヨーロッパの劇場では、
「何年にもわたって同じレパートリー作品を何度も上演する」
のは伝統的なスタイルですし、

ここ日本でも歌舞伎や落語などは、
「レパートリー公演」だと言えます。


レパートリー公演の良いところは、

何度も共通の作品を上演することで、
演者のレベルが上がり、それを楽しむ人も育つこと。

そのことを通じて、作品自体が豊かになります。
これこそ舞台芸術の特徴です。

特にレパートリーに値する様な古典作品は
人類の財産です。

それを知識だけでなく、“感じ取れる”作品として
その魂を表現していく事は、

文化を育てる大切な要素なのだと思います。



■2:演劇は人の成長と一緒


劇団の芸術監督アニシモフは言います。

「日本で上演されている芝居のほとんどは、
上演期間が短く、回数も少ない。

作品として成長する時間がないのです。

繰り返し演じ、繰り返し見ることで、
作品が深く理解され、

俳優と観客は、心で体験できるようになります。

演劇は、人の成長と一緒なんです。」
(マガジンアルク掲載インタビューより)


私たちは、この10ヶ月の間、

シアターΧ共同企画として、
素晴らしい劇場でレパートリー公演をする
という貴重な機会に恵まれました。


おかげさまで「レパートリー公演」を楽しむ為に、
何度も劇場に足を運んでくださる方がふえました。

また俳優達にとっても、ほんとうに、
多くの学びの場となっています。


その10ヶ月目の最後の公演が、
いよいよ今週末にあります。

今後も継続したい企画なのですが、
とりあえず年内は今月までとなります。

以下、詳細です。
是非お誘い合わせの上、ご観劇にいらしてください!



■3:毎月レパートリー公演、千秋楽!!

シアターΧ主催・東京ノーヴイ+シアターΧ共同企画
【Life in Art 毎月レパートリー公演】詳細HP↓
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/pg372.html

◆上演日程
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・6/7(土)15:00開演
ブレヒト作『コーカサスの白墨の輪』
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/repertory/pg371.html
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・6/8(日)15:00開演※アフターミーティングあり
ドストエフスキー作『Idiot~白痴より~』
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/repertory/idiot.html
━━━━━━━━━━━━━━━━
●既にチラシ・ウェブサイト等で
6/6(金)18:30と告知しておりました『白痴』は
6/8(日)15:00へと変更となりました。
━━━━━━━━━━━━━━━━
※公演時間は両作品とも3時間半を予定しています。


◆演出:レオニード・アニシモフ
ロシア功労芸術家。1993年モスクワ芸術座の舞台で上演した「どん底で」の大成功により、本称号を与えられる。
近年はロシア、アメリカ、日本など多国で国際的な演出家として活動している。

◆劇場:東京・両国シアターΧ
アクセス:http://www.theaterx.jp/access.php

◆料金
全公演 1000円(高校生以下500円)

◆予約
ウェブ予約⇒http://novyicai.cart.fc2.com/?ca=all
電話予約:0354534945(東京ノーヴイ・平日10~17時)
電話予約:0356241181(シアターΧ)

◆作品紹介
(1)「Idiot~ドストエフスキー白痴より~」
原作:フョードル・ドストエフスキー
文豪ドストエフスキーが描く「善良で、最も美しい人間」とは?美しい人たちが、なぜ殺され、心を破壊されなければならないのか?
エゴイズムの世界で矛盾しながら愛し合い苦しめ合う人間達の様相。
《あらすじ》
スイスでてんかんの治療をしていたムィシュキン公爵が、数年ぶりにロシアに戻ってきた。
その道中に知り合ったロゴージン、彼の運命の女性ナスターシャ、そして公爵に思いを寄せるアグラーヤ、4人の複雑な関係は意外な結末へと突き進む。

(2)「コーカサスの白墨の輪」
作:ベルトルト・ブレヒト
《あらすじ》
中央アジアに位置するグルジアを舞台とした太古の物語。国の権力を握る領主が反乱によって殺され、産まれたばかりの領主の子供が宮廷に置き去りにされてしまった。
宮殿の召使いグルシェは赤ん坊を見殺しに出来ず抱いて逃げる。子供の命を狙う兵士に追われつつも、氷河を越えて辺境の村へ逃げ苦難の末に自分の子として育てていく決意をする。
しかし、やがて内乱が終わり、領主夫人が子どもを連れ戻しにやって来た。『産みの親と育ての親、どちらが真実の母親なのか!?』
かくして裁判は、混乱の最中ひょんなことから裁判官にさせられた村役場の小役人アツダクの手にゆだねられた。



◎『Idiot~白痴より~』を10倍楽しむための【動画】
http://quwei.jp/lR/kd1079/1491

◎ブレヒト「叙事的演劇」について
http://quwei.jp/lR/kd1079/2491



□最後までお読みいただきありがとうございました。



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Author:東京ノーヴイ
東京ノーヴイ・レパートリーシアター

東京ノーヴイ・レパートリーシアターのメンバーたちが、任意に稽古の模様や本番の様子などを、お伝えしてまいります!


私たちは、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフを芸術監督に迎え、ギリシャ悲劇からチェーホフにいたる、古典作品から厳選したレパートリーを上演しています

平成27年3月27日、東京都より「認定NPO法人」として認定されました。


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