瞽女唄日記

瞽女唄を学ぶため、新潟の萱森さん宅に通い始めて間もなく2年が経とうとしています。
そして、先日も行って参りました。17回目のお稽古です。
17回も行き来すると、高速バスで微動だにせずに眠れる技術が身についたり、雪の予報に見事に裏切られたり、
新潟は意外と暖かかったり、海は荒海向こうは佐渡だったり、色々な楽しみ方をする余裕も出てくるものです。
(なんじゃそりゃ!?)

さて、本題です。
萱森さんはお稽古の中で、瞽女さんのことを色々お話ししてくれます。
あまりにも色々お話ししてくれるので、上手くまとめられないのですが、少し紹介しようとしてみます。

現在、私たちが耳にする民謡の類はほとんど、有名民謡歌手の方が唄い広めたものを一般化したものです。
しかし、今のように記録媒体なるものがなかった時代に庶民達が唄い伝えてきたものを、現代人にわかりやすい形に一般化することが、果たして良いことなのでしょうか?

瞽女唄に関していえば、殊更です。
瞽女さんは目が見えません。しかも「一曲いくら」という形で曲を教わったような世界です。
ですから瞽女さんは曲を聞いた“感じ”を再現するよりないので、同じ唄を唄うにも、旋律に決まりはなく、三味線の入れ方もさまざまです。
逆に言えば、同じ曲を色々に唄えることこそが瞽女さんの技量のすごさだったりします。
要するに、人に伝えるのは形ではなく、その“感じ”ということです。

萱森さんのお稽古は、曲を形にしないことに重きを置かれています。
形に出来ない所こそ、瞽女唄の魅力だからです。(「そんな“感じ”で大丈夫」と言われ、よく不安に陥ります。)
そして、形に出来ないものだからこそ、瞽女さんのお話をたくさんしてくれます。“本当に生きていた瞽女さんたち”の存在なくして伝承は有り得ないからです。

しかしながら、形として残さないと不安を感じる人が多いというのが現実のようで、
現在記録として残っている唄と違った唄い方をすると、クレームをつけてくる人が結構いるそうです。
“変化してこそ瞽女唄”という考えと、“変化したら伝承にならない”という考えの対立というわけです。

そこで私は考えます。
例え、CD-ROMが何百枚、何千枚あったとしても、一人の人間の精神までは収まりきらない。絶対に。
だけど、かつて本当に生きていた瞽女と呼ばれた人達の唄は、目にこそは見えないけれど、確かにこの世の中に浮遊していて、私たちの心のどこかにある。
だから、私は私の唄を唄えばいいんだ!!

長くなりましたが、「越後瞽女唄冬の旅」只今好評上演中!!観に来てね。(宣伝かよっ!)


                                   ごぜぎ

コメント

見えない宝

見えない宝が、隠れているんですね。舞台で見える光が、あんなに輝いているのは、見えない宝が隠れたところで煌めいているからなんですね。ノーヴィの新しい光の秘密、一つ知りました。ますます見たくなる秘密、小出しにしてください。ありがとう!
非公開コメント

メルマガ登録

「東京NOVYIメールマガジン」(週一ペースでの配信)に登録すると、「月刊Newsletter」(月一ペースでの配信)があわせて配信されます。
*メールアドレス
*お名前(姓・名)
*お名前ふりがな

プロフィール

東京ノーヴイ

Author:東京ノーヴイ
東京ノーヴイ・レパートリーシアター

東京ノーヴイ・レパートリーシアターのメンバーたちが、任意に稽古の模様や本番の様子などを、お伝えしてまいります!


私たちは、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフを芸術監督に迎え、ギリシャ悲劇からチェーホフにいたる、古典作品から厳選したレパートリーを上演しています

平成27年3月27日、東京都より「認定NPO法人」として認定されました。


<検索タグ>
東京ノーヴイ・レパートリーシアター
ノーヴイ
ノーブイ
のーぶい
ノービー
のーびー

TNRT 公式ホームページ

東京ノーヴイ・レパートリーシアター

Twitter on FC2

ランキングに登録しています

ランキングに登録しています。 下の画像をポチッと押してください。 応援よろしくお願いします。↓ CoRichブログランキング