月と宮沢賢治とオノマトペイ

友達の結婚パーティのために実家に帰って、
ふとテレビをつけると、
「井上ひさしが宮沢賢治に送る手紙」という
1996年にNHKで放送されたドキュメンタリーをやっていた。

その中で、賢治の農学校の教え子(今は80歳くらいの)たちが当時のことを語っていた。

「先生は夜によく里山へ一人で入っていって、朝まで帰ってきませんでした。先生はその暗闇の中で聴いた森や虫や川の音を、1枚のメモ帳にぎっしり書いていました。」

それは例えばこんなようだった。
「そのとき”どうと”風が吹いた」
「月が”しんしん”光っていた」

作家、井上ひさしさんは幼い頃、ためたお小遣い8円をはたいて、宮沢賢治の童話本を買ったという。
それは「どんぐりと山猫」という本だった。
その中のたった12ページほどの短編の中に、50個以上のそういった擬音語、擬態語が使われていて、その音感の繊細さに井上ひさしさんは感動し、自分は何かすごいものを読んだらしい、と幼いながらに思ったと語っていた。

その擬音語・擬態語のことを、井上さんは「オノマトペイ」と読んでいた。
驚いたことに、この「オノマトペイ」はうちの劇団の演出家アニシモフさんが、今年になってから稽古中に頻繁に使うようになった言葉だった。
役作りの際に、「あなたの役のオノマトペイはなんですか?」とアニシモフさんは聞く。
それは例えば、「わくわく」とか、「しめしめ」とか、「ぎらぎら」とか、「パキパキ」とかそういったものである。

こういったオノマトペイは、日本語において世界一と言っていいほどの数があるそうだ。
アニシモフさんはそのことに驚いたと言っていたが、宮沢賢治のドキュメンタリーを見て、それらは日本の偉大な作家たちによって作り出されたものも数多くあるのかもなあ、と思った。

それは、日本の豊かな自然の中で、木々や川や月や鳥の声を作家が聴き取り、その繊細な感受性によって表現したのではないかと思う。蛍の明滅にさえ神様を感じる日本人の心情の繊細さ。それを僕は誇りに思う。


今日結婚パーティ中にある女性が過呼吸(飲みすぎ?)で倒れた。
僕は彼女を介抱して、急遽かけつけた彼女の旦那さんと一緒に外へ連れ出した。
彼女はとても苦しそうだったが「大丈夫、大丈夫ー」と言っていた。
ふと夜空を見上げると山の上に、半分に切ったグレープフルーツのような半月が輝いていた。
それを見て、「うん、彼女も大丈夫だな」と僕は思った。


宮沢賢治は37歳でこの世を去った。
僕はいま33歳、あと4年でその年齢になる。
もしも、僕があと4年で死ぬとしたら、僕はその時間をどんな風に過ごすだろうか?

家に帰って、
山に沈んでいく大きな半月を見ながら、
そんなことを考えていた。

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