瞑想みたいなの

僕は兎に角、有る質を持った芝居を作ったり観たりしたいだけで、それ以外殆ど何も興味がないような人間ですが、この
「ある質」、というもの。
言葉や見た目を超えて、ある瞬間、観ている人の心の深い部分にダイレクトに届き、とても気持ちの良い深い深い癒し
(ある時は心の底から涙流して笑える可笑しさだったり、またある時は、しみじみとキレイな涙が溢れる感じだったり、或いは人生の、又は世界の本質的な何かを突如理解する瞬間だったり)
を与えてくれるような、そういう「エネルギーの場」を作り出しちゃうような演技の瞬間的な質。とでも言うものです。
言葉で説明するのは難しい。でもとにかくそういう瞬間はあって、僕達のメンバーのほとんどは何度か観客としても、演じ手としても体験している訳で、少なくともそれは、僕にとっては美しい、気持ちの良い、最高の瞬間です。
で。
そういう質を演じられるようになる為のキーワードとして「心を開く」「ハートをオープンする」っていう言葉があるようです。
アニシモフさんも、うまくいかない俳優に向かっていつもそれを叫ぶ訳ですが、それ以外でもあらゆるメソード系文献の中で、ほぼ全ての先生がこの言葉を使います。
「じゃあ、ハートのオープンってのは、どうやりゃいいの?」ってなりますが
こっから・・・・・若干・・・怪しい話に聞こえるかもw
「心を開く」「ハートをオープンする」は、仏教やキリスト教のような「宗教」と、いわゆるスピリチュアル系の文脈でも良く出てきます。そっちの文脈では、その「方法」をあーだこーだ、長年模索してきているようで、
ハートをオープンする為の訓練なんかが色々とあるようです。いわゆる「修行」ですね。
つまり、芝居でも必要なのは、なんか、心の状態を安定させるとか、そういうことかな。と思うんです。
自分が評価されたいとか、叱られたくないとか、良く見られたいとかいう「余計な欲」みたいなものがなくなり、どっしりと今、目の前にある世界を本当に感じることができる状態になるってことかな、と。
で、みなさんご存知のように宗教とかスピリチュアルの修行で一番ポピュラーなのは坐禅とか瞑想っていうやつですよね。
で、気付きました。
うちのメンバーも、本番前、舞台の隅っこで、或いは楽屋で、静かに座って目を閉じている姿をよく見かけるようになりました。
別に瞑想しようと思ってやってるのか坐禅だと思ってやってるのか、それは知りません。
多分そういう感じじゃなくって、心を静めて集中しようとしているじゃないかと思いますが。
見た目は完全に「瞑想」と同じです。
面白いなあ、と思います。
結局どういう道を通って来ても、質を上げ行こうとすれば同じようなことに行き着くのかなと思います。
僕は19才の頃、1年間だけお寺に住まわせて頂いてたことがありますが、有名なレーサーの方とか、芸能人とかが、坐禅に来たりしていたのを思い出します。
面白いなあ・・・

なべ

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