瞽女唄日記

毎年2月、私たちに瞽女唄の指導をしてくださっている萱森さんのライブが東松原で開催されます。
私個人的には今年で3回目の鑑賞となるのですが、今年は劇団の作品に瞽女を取り上げさせて頂いた為、
劇団のメンバー数名を引き連れて、なんだか主宰者のような気分で、いつもと違うドキドキ感。

私が「良い!」と思うものが、一体どれだけ受け入れてもらえるものだろうか・・・

ライブは「かわいがらんせ」という短い門付け唄ではじまり、
次は萱森さんのお弟子さんの北村さんによる祭文松坂「景清」。
続いて北村さんが普段地元で唄っているという「しゅんか」を披露してくれ、
次は萱森さんによる祭文松坂「景清」の続き。
そして最後に立ち唄として「二上がり甚句」「どどいつ」。
という流れでした。

瞽女唄のメインは祭文松坂なので、これについて感想を少々。

この日唄われた「景清」は歌舞伎にもなっているので知っている人もいるかも知れませんが、

戦に破れ投獄された景清は、その仇討ちを果すため無言の願掛けをするのだが、そこへ妻子が獄中見舞いにやって来て、言葉を発してくれない景清に絶望極め、自害して果てる。

というようなお話。

祭文松坂の文句は難しいので、何となく内容だけは調べていたのですが、このストーリーだけを知った私は
「仇討ちのために妻子を見殺しにするなんて、なんとひどい話だ!」
と思っていました。ところが瞽女唄を聴いているうち、
といっても、祭文松坂の文句は難しいので半分も聞き取れてはいないにも関わらず、
“景清も阿古屋(景清の妻)もとても強い思いに駆られていて、葛藤している状況”というのが感じられて
私の中で“ひどい話”がホロホロに変わってしまいました。
文句がわかりにくかったおかげでか、この日の私がぼんやりしていたおかげでか、
私の想像力は返って広がったようで、理屈や常識では計り知れない人の心を垣間見たような感覚でした。

とはいえ、私がこんな感覚を楽しめるのも、私が瞽女唄好きだからというだけかも知れません。
メンバーの中には、難解で苦手だという人もいたでしょうし、それで良いと思うし。
でも、「泣いてしまった」とか、「昔の村人が、瞽女さんの来訪を心待ちにしていた気持がわかる」
というような感想を聞くこともできました。
主宰者気分の私としては何よりです。

実は、明日は新潟で、瞽女唄の稽古がある日なのです。
私の目標はとりあえず、“祭文松坂”を一曲唄えるようになること”
いつか聴いて下さいね。
それでは、雪国で遭難しないよう、行って参ります。


ごぜぎ

言葉の力

先日の新潟での瞽女唄の稽古でのこと。
萱森先生がこんなことを話してくれた。

新潟県の文化推進委員会みたいなところで演奏を頼まれたのだが、政治家の先生たちは鑑賞態度が悪く、
毎年いろんなジャンルの演奏家を呼ぶのだが、毎年ひどい状態なので、あらかじめ謝罪されたそうだ。

そんな話はよく聞くが、萱森先生の公演でひどい状態になることはまずないと言う。
案の定、萱森先生が演奏を始めると、毎年うるさい政治家の先生もおとなしくなったらしい。

「言葉の力ってすごいわね。」
なんて、萱森先生は言ったけど、それって言葉の力だけだとは思えない。

だって!瞽女唄の言葉は古い言葉で、聞いて誰でもわかることばじゃないんです!!

きっと、言葉によって点火された炎が、唄いを通じて聞く人の心も点火しちゃうような、そんな感覚のことが萱森先生の言う言葉の力ってやつだと思う。

要するに、演劇における「台詞」と同じ感じ?
スタニスラフスキーシステムでいうともっと論理的に説明されちゃうんだろうけど・・・

つまり、萱森先生の中にはスタニスラフスキーシステムみたいなものがちゃんと存在していて、プラス本当にいた瞽女さんたちの魂みたいなものによって、政治家の先生たちを黙らせることが出来たのではなかろうか?

「瞽女唄は芸術みたいに洗練されたものじゃないからこれは芸術ではない」と先生はよく言うのだけど、
それが本当は芸術な気がします。
ま、そんなことはどっちでも良いか。

大事なことは、政治家の先生たちの意識を変えられるような質のものを創造しなくては!
甘くはないけど。


                            
                                     ごぜぎ

日本の文化という事

ロシアの作品、イギリスの作品と続き、今回、日本の作品にとりかかっている今日この頃。

もちろん、大作「白痴」はデーンと控えてはいるのだけど…

たまには、あっさりお茶漬けでも食べたい気分もり、その感じでさらさらっと「瞽女さん」の話を…
なーんて思ってましたが、いやあ、深い、実に深い、
どっぷり深入りしそうな話です。

瞽女さんって???
と思われたら、こちら見てみて下さい。→http://gozesong.wordpress.com/documentary/

稽古の中で、実際の瞽女歌を耳にします。

なんだか、胸の奥がきゅーっとなる音。

ロシアの雪と日本の雪は違うのだなあと思います。
(ロシア行ったことないけどw)
しめった、重い、だけどなーんかあったかい雪。
それが日本の雪、冬。

優しくて、ずるくて、無骨で、ちょっとかわいくて、間が抜けてて、厳しくて、艶っぽい…

それが、私の瞽女を聞いたイメージでした。。

言葉にしなくても、わざわざ勉強しなくても(もちろん知らない事は死ぬほどあるけど)、なんか感じ取れてしまう。

ああ、私も日本の女なんだなって思います。

今の世の中に、瞽女さんをもう一度よびおこしてみたい。。

そんな風に思います。

瞽女さんを呼んで、座敷で聞いてる、そんな風に感じてもらえるお芝居になればと思います。

いや、これからなんですけどねw

どうぞ、楽しみにしていて下さい。

               アリーシャ

瞽女唄日記

私たちは、11月の「白痴」公演後の新作として、「越後瞽女唄冬の旅」という、“瞽女”という職業に向き合った、盲目の女性たちを描いた作品を創ります。
この作品は一時間半ほどの上演時間の間に、唄と三味線が半分、残りの半分がストーリーという構成になる予定で、ドキュメンタリーのような、瞽女さんたちが居て、瞽女さんたちを受け入れる人々がいた時代の文化的な生活を感じてもらえるような作品にしたいと考えていて、「とにもかくにも瞽女唄を唄えねばなるまい!」ということで、主要メンバー3人で、最後の瞽女である小林ハルさんのお弟子さんだった萱森直子さんに指導を乞うべく、月一ほどのペースで新潟まで通い始めました。

なぜ、わざわざ新潟なのか・・・
私が初めて萱森さんの唄を聞いたのは、去年の2月、東松原駅の近くにある“ブローダーハウス”という場所でのライブででした。
元々津軽三味線を習っていた私は、「民謡の魅力をもっとわかりたい!」と切望していて、津軽じょんがら節が実は瞽女唄から発展したものであるという説を知って、瞽女について調べていたところ、このライブに出会ったのでした。

萱森さんが提示してくださった瞽女唄というものは、全く飾り気のない、美しく見えるものや聞こえるものには一切立ち寄らない、ダイレクトにお腹の中に落ちてくるような唄で、私は衝撃を受けました。私が見つけたかったものがここにあるのかも知れない・・・そう思うともう、習ってみたくて仕方がなくなりました。
そんな時に、「三味線を弾く女性が出てくる作品を探せ。」という芸術監督による指令です。これは巡り合わせに違いない!!!

そして見つけた作品が「越後瞽女唄冬の旅」という小説です。
萱森さんのライブを聴いたある人が、「これは唄のジャンルとは違う、何か、精神文化のジャンルのようだ。」と言ってくれたそうですが、私はこの小説にも同じ“精神文化のジャンル”を感じています。小説なので、脚色作業にも悪戦苦闘です。唄もなかなか掴めません。
それでも萱森さんは「異質な精神文化みたいなものを表現できたら良いのかも知れないわね。」といって私たちを励ましながら指導してくださいます。私も本気でそう思うし、「うまくいっていないかも知れない」と思い込んでへこたれてたら面白いものを見逃してしまいそう・・・

だからそう思わないように、前向きな気持ちで作品創りに向き合いたいと思っています。


                                    ごぜぎ

メルマガ登録

「東京NOVYIメールマガジン」(週一ペースでの配信)に登録すると、「月刊Newsletter」(月一ペースでの配信)があわせて配信されます。
*メールアドレス
*お名前(姓・名)
*お名前ふりがな

プロフィール

東京ノーヴイ

Author:東京ノーヴイ
東京ノーヴイ・レパートリーシアター

東京ノーヴイ・レパートリーシアターのメンバーたちが、任意に稽古の模様や本番の様子などを、お伝えしてまいります!


私たちは、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフを芸術監督に迎え、ギリシャ悲劇からチェーホフにいたる、古典作品から厳選したレパートリーを上演しています

平成27年3月27日、東京都より「認定NPO法人」として認定されました。


<検索タグ>
東京ノーヴイ・レパートリーシアター
ノーヴイ
ノーブイ
のーぶい
ノービー
のーびー

TNRT 公式ホームページ

東京ノーヴイ・レパートリーシアター

Twitter on FC2

ランキングに登録しています

ランキングに登録しています。 下の画像をポチッと押してください。 応援よろしくお願いします。↓ CoRichブログランキング